シニアーゼ〜まるくるみらくる

60代は余生じゃない。荷物を降ろした新しい人生の始まりなのだ。

メルカリには思いがけない夢がある

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たっぷりのおいしそうなプチトマトでしょ。

メルカリで手に入れました。

 

 

メルカリで、果物や野菜を出品していらっしゃる方が結構いらっしゃる。

本物の農家さんもおられるが、商売としてではなく家庭菜園の一貫として作っていたり、おばあちゃんが作った野菜をお孫さんが出品していたり、ほとんど趣味なんだけれども土づくりからこだわってご自身の渾身の作の野菜を栽培し出品している方もおられる。

そういう趣味と実益を兼ねた取引が、全国に住んでいる人を相手にできるなんて、すごい時代になった。

たくさんでき過ぎた時、昔ならせいぜいご近所さんに配るか、自宅近くの小さな朝市に出品させてもらうくらいではなかったろうか。

 

 

私の父も、定年退職してからは、自宅の近所に土地を借りて野菜を栽培していた。

父は、四角いものは四角いとしか言えない、真面目で一本気で人付き合いにおいて不器用な男であったから、在職中はもちろん定年後も気さくに付き合える友人などいなかった。しかし、若い頃から何事にも研究熱心で、それは野菜作りにもそうであった。

不器用な人ではあったが、家族はとても大事にしていたので、野菜を作るにあたっては最低限の薬品しか使わずに、工夫と手間暇をかけて遠くに住む孫娘たちのために、ひたすら安全でおいしい野菜を作っては段ボールに詰めて送ってくれた。

それだけに、父の作る野菜は、どこを探しても買い求めることができない形であり、ふくよかで豊かな味であった。

仕事と子育てを並行していた頃は、野菜がモリモリに詰まった段ボールが届くと、ああ、ひと仕事増えたな~と疲労感に襲われることもあったが、箱を開けて旬の元気な野菜たちの顔を見ると俄然やる気が湧いた。

新聞紙に包まれてぎっしり詰め込まれている野菜たち。

それらを刈り取って、汗をかきながら懸命に箱詰めしている姿を想った。

父にとっては孫である子供たちと、届いたトマトやきゅうりやナスやらをゴロゴロ床に転がして、その無骨な姿を楽しんだりもした。

子供たちは、おじいちゃんのを食べたから食べられるようになった野菜もある。

もう二度と食べることはできないが、送ってもらうたびにきちんと感謝して無駄にしない工夫をし、家族中で喜んで食べきっていたので、育ち盛りの子供たちの味蕾や脳みその細胞をまっすぐに育て伸ばしてくれる一助となったに違いないと信じている。

あの野菜をまた食べたいなと思うときは同時に、日にあせた麦わらをかぶり、土をいじる装備をしてうつむきがちに畑に立っている父の姿を想い出す。

今となっては、深い愛情と温かさに感謝することしかできないが。

 

そんな野菜を、なんとなく夢見て惹かれてしまうのかもしれない。

父が生きていて、父の栽培した野菜を出品することができたりしたら、不器用な父の世界は一歩広がったりしたのかな。

 

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こうした小さいまっすぐな農業を行う個人と、それを求める個人との取引が、フリマアプリという不用品や中古品を取引する場所で行われることがあるなんて、アプリを開発した当初からしたら想定外のことではないだろうか。

しかし、誰だってお金を稼ぎたくてやっているのだから、私が抱いている取引のイメージは夢のようなことかもしれない。

そんな夢のような清らかな取引が実際に行われ、かつまた、それが一部の人々の生き甲斐にもなっていて欲しいな。

 

 近いうちに、小学校で英語とプログラミングが正式な教科として組み込まれるという話をニュースで見た。

それらが当たり前になったら、今度は食べ物を作ったり、育てたり、守ったりする勉強が 来る~ のではないかな、とオバチャマは期待している。

体の細胞ひとつひとつを作るのは、やっぱり口から入れる食べ物ですもん。