シニアーゼ〜まるくるみらくる

60代は余生じゃない。荷物を降ろした新しい人生の始まりなのだ。

イワシの一生を思うと感謝しかなかった

福山雅治さんがプレゼンターを務める大自然をテーマにしたテレビ番組をほーっ!とかへぇー!とか、ましゃやっぱカッコいいなとか思いながら何気に見ていたら、通常ならただ見流してしまう映像になぜか引っかかりました。

 

イワシ🐟🐟🐟

 

あの、ほっそくて比較的小さくて、魚へんに弱いと書く 鰯。

ちりめんじゃこに、煮干しだし、めざし、お刺身、煮魚、缶詰と幅広くお世話になっている魚。

 

画面の中の彼らは、ちょうど、中型の魚たちに追いかけられて捕食されているところでした。

 

追いかけられまくって、食べられ

必死に逃げ惑って、食べられ

カジキマグロなんかには、上あごの堅い刀みたいなやつでびしっと鞭のようにたたかれて一瞬気を失ったかな、みたいな時にすばやく食われ

クジラみたいなデッカイやつには、みんなで力を合わせて大きい何かに見せかけようと声かけあって(必死!)スクラム組んでも、躊躇なくザッパーンと食われ

行き場を失くして、海面に追い込まれたら今度は来たぞとばかりに待ち構えていた鳥たちに、食べられ

 

ここには、出てきませんでしたけど、その上、人間には、貪欲に網だの何だのでごっそり捕獲されるわけです。

 

生まれ落ちて、一年半、様々な苦難を乗り越え生き抜いて大人になり、みんなで仲良く海を回遊してたら、食われる、んです。

 

 どうですか、これ。

 

ハッキリ言って、彼らの生きている意味付けは「餌」。

彼ら自身が餌。

 

どんだけ頑張って生き延びても、地球的に見れば、

えさ 食べ物

食われることが使命

もちろん、人間が考えた位置づけではあります。

立場が逆だったらいたたまれないです。

家族が次々と捕らえられて何者かの食べ物として散っていく。

食われて死ぬことこそ運命。

食物となってくれるからこそ回る世界。

 

  イワシの皆さんに限らず、食べ物として育てられたり、食べ物として散っていく生き物の皆さんに、改めて思いを馳せてしまいました。

 

子ども達には、常々、

 

青魚のドコサヘキサエン酸←(覚え方:どこさ僻地さ行くさ)は体にいいんだyo

とか

豚肉のビタミンB1は疲労回復に効くらしいyo

とか

緑黄色野菜を食べろyo

とか

自分が選んで食べたものが体を作るyo

とか

人間は光合成じゃ生きられないんだyo

 

とか、偉そうに唱えてきたわけなんですけど、

もう、そんな事の前に、まず、

食べ物をいただけることに感謝しなきゃあならんな!!!

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日頃は忘れているそんな当たり前のことをしみじみと思いました。