シニアーゼ〜まるくるみらくる

60代は余生じゃない。荷物を降ろした新しい人生の始まりなのだ。

最高の暇つぶしを最高と思えなくなった

令和元年、恐ろしいことに60才を迎えた。

まさか! と思ったが本当だった。

まず無いと思うが、万が一、若者が読んでいたら伝えたい。

 

あっア! と言う間ですよ!

 

よく言われるセリフは好きではないけど本当にそう。

一日、いちにちを良く味わって生きていただきたい。

これをここまで読み終わった、まさにこの瞬間。ここまで読んでいたそのわずかな時間は。。。すでに「過去」。

呼んでも帰ってこないし修正もできない。

 

私の場合、大学を卒業してOLとなり、結婚、上京、大手出版社、卵巣嚢腫手術、出産とひととおり終え、

下の子が小学校4年生になった時に、金融機関でパートを始めた。

平日と土日祝日に休みが取れたから。

それから20年の間に色んなことがあった。

Iphoneも発売された。

子供たちも巣立った。

最終的にフルタイムで仕事を終えた。

あと5年、続けることも可能ではあったが、一分一秒を楽しみたいと思い辞めた。

残りの、元気でいられる時間は短い。

 

仕事が好きな体質なので、旅行に行きたい・ゆっくりしたい・趣味に没頭したい、といった理由ではない。

「仕事ほど効率的な暇つぶしは無い」

「暇すぎて発狂するかもしれない」

危惧はあった。

だけど、辞めた。

20年もやっていたほぼルーティーンの仕事。

続けたらと白目になって考えてみたら、続けてる自分の生活が見えてしまった。

朝から最高の暇つぶしに出かける。全くワクワクしない場所で仕事する。疲れて帰って重たい体にムチを打って夕飯を作り食べて風呂入ってちょとだけテレビ見て寝る。月曜日の夜にまだ月曜日か〜て思う。体力が確実に落ちているから他の事が一切できない。できないけど仕事してますワタクシの大義名分で何一つ別の事ができなくても帳消しになる。土曜日は、体力回復で一日が潰れる。日曜日には月曜日からの食材の買い出しに行く。体力と時間を消費する毎日。

なんかつまんないな。

 

あと10才若かったら、まちがいなく続けていた。

家の中に子供たちという生きがいがあった。子供たちのためならどんな事も頑張れる、家族の諸々で楽しみは自然と湧いて来る、頑張れば頑張るほど報われる。

 

しかし、今は違う。

「効率の良い暇つぶし」をあと5年繰り返して65才になったとして。

その先どうする?

こわいっ!

そこから私、何をしよう?

孤独と不安、 噛み締めなきゃならなくない?

 

なんてったって残りは少ない。身に染みている。

人生の最終ステージ。

ラストのラストまで、孤独も含め、自分の面倒は自分でみていたい。

自分で自分をプロデュースしよう。

生きている限り、終わりは、始まりなのだ。

新しい世界にチャレンジするぞ~