どうせ老いるなら〜シニアーゼまるくるみらくる

60代は余生じゃない。新しい人生の始まりなのだ。

蝉も時代に生きている

猛暑の中、職場のモロパイセンとひいこら歩いていたら歩道に何やら茶色いものが。

 なんじゃこれはーーーっ!?

 とことこ歩いているし、全身をぴかぴかツヤツヤの茶色い鎧で武装している。

顔はごっつくて仁王のように恐ろし気だ。

カブトムシか?と思ったが、こんな都会にカブトムシがいるわけがない。

第一、羽根が無い。背中は覆われた鎧でつるんとしている。

横から覗くと、鎌のような手で器用に歩いている。

カマキリ? にしてはずんぐりの太っちょさんだ。

恐る恐る近寄って良く見てみた。

 

あ!

たぶんこれ、羽化する前の蝉ですよ!

 

私が叫ぶと、モロパイセンが、え、そーなの?よくわかるね~、とあまり関心なさそうに言う。そう言われると、わたしもちょっと自信がないけど、たぶんそう。

って、パイセン、今だいじなことはそこじゃないっす。

彼は今、(彼なのか彼女なのか定かではなかったが、ここでは筆者の気分で彼ということで)そう、彼、蝉のせみ太郎は、今、ひたすらに、歩道の脇のつるっつるの銀色ポールに登ろうとしている。

女性が、ミラーボールの光を受けながらポールにつかまって妖艶なダンスを繰り広げる、あのポールよりかなり短いが、真夏の太陽の光を浴びに浴びて銀色に光り輝いているあっつあつのポールなのである。

うっかり触ろうもんなら「あっち!」となること必至。

その上、つるっつるのピッカピカのキッラキラだ。足の引っかかりもなく、せみ太郎は登ろうとして縦向きになってはつるんと滑って転ぶ、という不毛な闘いに無駄なエネルギーを消費しまくっていた。

 

そんなことやってたら、汗だくだくになるだけで登れやしないよ。

だいいち、あっちあちじゃない?

そのポールがいいの?

声をかけてみたが返事はない。

それどころか、私たち大女を避けるようにポールの裏側に回ってひたすらに徒労を繰り返している。

返事も無ければ、汗も無い。あっちっちになっている様子もない。

そうか、君は熱いのは平気だし、汗もかかないんだね。

ゼンマイ仕掛けのおもちゃみたいに無言で同じ動作を繰り返す。

 

そうかそうか。せみ太郎よ。

長い地中生活から這い出てきて、羽化し蝉となって一生を終える。

その長いようで短い一生のクライマックスを迎えようと、羽化する場所を探し求めて必死なんだね。

そんな感慨にふけっていると、一緒に見ていたモロパイセンが「さぁ行こう」とばかりに動き出した。

 

パイセンと私はまだ三カ月にも満たない付き合いだ。

コロナの影響で、仕事始まりが6月からになったからだ。

都合よく阿吽の呼吸が通用するわけがない。

 

この子、ほっといたら歩道から道路に転落して車に轢かれちゃいますよ。

子どもの頃は、蝶だろうがバッタだろうが手づかみで捕まえて遊びものにしていたのに、なぜか今は掴めないんですよね~。

ちょっと掴んで安全なところに投げ込んでやりたいんですけどね~。

少し大きめの独り言のように言った。

不思議なことに、あんなに平気のへいちゃらで虫たちと遊び戯れていたというのに、大人になるにつれ駄目になった。

虫の顔とか手触りとか、特に、たくさんの足とか。

 

しかし、ワタクシは、知っている。

なにを?

モロパイセンが、わりと虫系に強いってこと。

見たんです。こないだ。

愛らしい女子高生が血相変えて、「か、かか、カメムシカメムシのでっかいのがいます!」って走りこんで来た時、「なんですとーーーぉ!カメムシィ~?無理無理、無理~!」と引きつっているワタクシの前を、箒とチリトリを両手に携えたモロパイセンが、肩をいからせながら颯爽と現場に駆け付けて行くのを。

 

この子、掴んであっちに投げ込んでやりたいですよね~。

駄目押ししてみた。

きっと、パイセンも同じ気持ちになっているはずだ。

 

すると、パイセンもこのつるっつるの武装したせみ太郎が若干きもかったと見えて、歩道の脇に生えていた大きめのアイビーの葉っぱをブチっとちぎって「はいっ」とワタクシによこした。ワタクシは、勇ましくせみ太郎をひっつかんで歩道脇の植え込みに放り投げるパイセンの姿を想像していたのだが、その期待はあえなく萎んだ。

 

動揺を隠しつつアイビーを受け取り、日傘を畳んだ。

やるしかない。

キャーッとかちょちょちょっと、とか言いながら、何とかせみ太郎をアイビーに載せることに成功した。

あとは、頼む!そのまま動かないでくれ!間違っても、ワタクシの手の方によじよじしてくるでないぞよ、心の中で念じながらそーっと、だが、素早く、彼を植え込みに落とし込むことができた。

ふ~っ。

良い木に登れよ!

心の中で呟きつつ日傘をさすと、パイセンと二人、少しの達成感に包まれながらせみ太郎を後にした。

 

翌日、再びモロパイセンとそこを通った。

 

ちゃんと羽化できたかな~、んなこたどーでも良さげなパイセンだったが、覗き込んでせみ太郎を探すワタクシを待ってくれた。

 

 いた!

なんということだ。

こんなところに。

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投げたところの近くには、少しだが木もあった。

それなのに、彼はここで、ここで鎧を脱いだ。

錆びついてあちこち禿げ散らかした鉄の柵で。

ポールといい鉄柵といい、金属系、だったのであろうか。

「せみ太郎、金属系。。。」なんかのタイトルになりそうだ。

 

無事に飛び立ってくれて良かった。

 

七、八年も前に地中暮らしを始めて、やっとこさ出て来たところが、土も木もないアスファルトの世界。

じいちゃんや、親兄弟に聞いていた世界とは話が違うじゃないか、とかの愚痴は一切ない。

彼らにとっては出てきて初めて見るその世界が生きる場所。そこで、人生をやりきるしかない。

生きる力だけじゃなくて、運も無ければ飛び立つことはできないかもしれない。

運悪くアスファルトに阻まれて、地上に出ることすらできなかった子もいるだろう。

人間だけじゃなくて、蝉たちもまた、時代に翻弄されながら生きている。

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熱くて明るい世界を

ワタクシはその後、モロパイセンの信頼をひとつ手に入れた。

ワタクシもまた、新しい職場に馴染んできているところ。

 長く生きていると、時代が変わって行くのが良くわかる。時流に乗るか、あえて逆行するか。新しい時代。どっちにしても、今やりたいことをやるだけ。楽しんで生きようじゃないの!